玉砂糖(たまざどう)の名称の由来

宮崎喜一

宮崎喜一

大正時代頃より、インドネシア南方の島々より現地で機械化の設備のない島民が、

サトウキビの搾り汁をそのまま釜で煮つめ平たい桶に入れ、

ヘラでもんで自然に乾燥させて造った含蜜糖が輸入されました。

この砂糖は、乾燥過程で出来る蜜玉(直径1㎝位)が多く入っていたので玉砂糖と呼ばれて

その風味を愛好されていましたが、現地で製造管理が粗雑で異物が多く入っていたので、

日本国内で粗糖に糖蜜を加え、釜で煮つめて成分的に同じ様に玉砂糖を造って販売しました。

輸入した玉砂糖に対して国内で作ったものは人工的に造ったとして、

人造玉砂糖と区別して人玉(業界内での呼び名)と呼ばれるようになりました。

昭和35年ごろ、業者や農林省で呼称の統一をしようということで、

玉砂糖を赤糖と呼ぶことにしたが、台湾の好上斗(ハウシャントウ)は紅糖と表示し、

我々国産 のものを赤糖としています。

当社としては、黒い砂糖を赤糖と呼ぶことに抵抗を感じ、また昔の懐かしさもあり、玉砂糖(人玉糖)と呼んでいます。

株式会社宮崎商店 会長 宮崎喜一著 「玉砂糖の名称の由来」